肯定
ごめんね。今回は前回飛ばしてしまった。『自分(寿命)の果て』についてだけど、大丈夫?
テツガクちゃん
はい、お願いします。
それで、自分(寿命)の果てはありますよね?
肯定
それが、『ないかもしれない』と僕は思うんだよね……。
なぜなら、『死後の世界』はこうかもしれないから。
あなたは、赤ちゃんに戻り新しい人生を歩み、それをずっと繰り返していく。
それが人生の姿かもしれない。
そうなると人生は永遠で、自分の果てすらない。
そして、世界の果てもない。
テツガクちゃん
え――っ!! そうなんですか!?
ちょっと信じ難いですが……。
肯定
だよね。だって、誰も『死後の世界』を経験したことがないからね。
これは量子力学的な話なんだけど、僕達にとって死後の世界は『観測したいけど、観測できない世界』なんだよ。
観測者がいるから、今の世界は存在してる。
そうだな……。
例えだけど、僕が死んでしまって、今のこの世界を僕が観測できなくなったら、むしろこの世界が僕にとっての『死後の世界』。
つまり、『観測したいけど、観測できない世界』になってしまうんだよ。
テツガクちゃん
……???……。
えっと……つまりどういうことですか?
肯定
僕達は、今生活しているこの世界が、全てだと思っているよね?
でも、本当はここが『死後の世界』なのかもしれないよ?
それを観測できているから、気づかないだけで。
生きていると思うから『死後の世界』を考える。
そして、その『死後の世界』を観測できないから、『僕達は生きている』と思う。
しかし、既にここが『死後の世界』で、別の世界を観測できないから、こことは違うところに『死後の世界』がある、と思っているのかもしれない。
テツガクちゃん
な、なるほど……そう言えば、そういう話の映画がけっこうありますよね。実はココが死後の世界という映画。
確かに、そう言われると……なんか私が今生きてるのか、自信がなくなってきました。
肯定
いやいや、自信をなくさないで!!
ただ、少し不思議じゃない?
昔、テツガクちゃんが言った。なぜ人は『死後の世界』の存在をそもそも考えるのか?
だって、観測できないなら、『死後の世界』はないかもしれないじゃない?
それとこうも言ったよね?
人は『死後の世界』を想像して、そこで生きようとしている。
天国や地獄の概念がそうで、そこで罰を受けるとか、永遠の幸せがあるとか考え、そこで生活しようと考える。
でも、本当の意味での死とは、生きるとは間逆の性質を持つはずだから、『何も起こらない』はずなんだよ。
観測できないから何も映らない世界。
なのに僕達は『死後の世界』の映像を作っている。
それが不思議だよね? と僕に教えてくれたじゃない。
そして、僕達はこういう会話をして、それをお互い観測している。
だから、僕達は生きている、と僕は信じているよ。
そう信じれるなら、それで十分じゃない?
この世界がどこでも。
テツガクちゃん
そうでした。
場所がどこでも生きようとするのが、人の宿命かも知れない、という話をしましたね。
そう考えると何かを観測できている限り、そこが死後の世界でも関係ないですね。
でも、どうして『永遠に観測が続く』と考えることができるのですか?
死後を『観測したいけど、観測できない』からですか?
肯定
えっとそれは、また長くなりそうだから、次へということでいいかな?
それでは、また次の機会にお会いしましょう。
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