拝啓、親愛なる友人へ。
こうしてお手紙を書くのは初めてですね。
まず、僕の自己紹介をさせていただきたい、と思いますが。
僕を紹介するには、僕の相方を紹介した方が早いと思います。
テキトウ・テツガク。
それが僕の相方の名前です。
僕はガクちゃんと呼んだりしています。
彼女は、アリエス・ロードを駆け抜ける牡羊座の使者。
そんな明るい性格の持ち主です。
先駆けの探求者的な好奇心を燃料に、世界の果てをも超えてしまいそうな彼女。
そんな活発的な一面とは別の面も持っています。
それは、霧の都の名探偵のような期待です。
何かに困ってしまいそうな幻。
その霧を解き明かしくれそうな雰囲気。
そういう期待をこの街で集めています。
ただ、探偵という役割とは少し違います。
彼女の役割は表幻者。
名探偵が10の痕跡から、1つの真実を見つけるのであれば。
表幻者は1つの痕跡から、10の幻の実を作り出す。
そんな感じの曖昧な中間色のような役目。
中間色の美しい髪と瞳を持つ、彼女にピッタリな役目だと僕は思っています。
もちろん、彼女もその役割を楽しんでいるようです。
そして、僕はその表幻者の助手。
名策士の隣には参謀あり。
そんな参謀に憧れるのが僕、肯定です。
相方のテツガクちゃんを肯定的に支え、テツガク肯定という幻を共に作る。
その同じ夢を共に見て、共感しているのが僕達です。
さて、自己紹介はこのあたりで。
今回は、穏やかなお昼時に起きた小さな事件。
そこに中間色の表幻者が起こした風について、この手紙に記します。
穏やかなお昼時、コーヒータイムを楽しむ僕達。
肯定
テツガクちゃん、穏やかなお昼だね。
テツガクちゃん
そうですね。
肯定さん、穏やかなお昼に飲むコーヒーは美味しいですか?
肯定
最高だよ!
テツガクちゃんも飲まない?
テツガクちゃん
私はこれを作ってから、いただきます。
肯定
何を作っているの?
テツガクちゃん
今日のおやつですよ。
肯定さんも食べますよね?
肯定
ありがとう!
レシピ本を見ながら黙々と作業をするテツガクちゃん。
邪魔をしては悪いと思い、沈黙を守っていた時だ。
テツガクちゃん
肯定さん、何か話をしてくださいよ。
肯定
えっ、いいの?
じゃあ、『この世界に働く曖昧さ』についての話はどうかな?
テツガクちゃん
面白そうですね!
その話でお願いします。
肯定
僕達の世界では、物事はいろんな法則に従って動いているよね?
物理法則、社会の法則、個人の法則。
本当に様々な法則に従っている。
テツガクちゃん
そうですね。
私も今、レシピ本が記す法則に従っています。
肯定
その法則に従っていると、曖昧さなんて存在しないように錯覚するよね。
例えば、夜に外を見なくても月はあると思うよね?
でも、そうとは言い切れない。
あなたが月を観測するまで、月は常に『存在と同時に存在しない』んだよ。
これが僕のいう“曖昧さ”だね。
テツガクちゃん
そうなんですか?
月は確認しなくてもいつもの場所で、私達を照らしている気がしますが。
肯定
月にだって寿命があるはずだよ。
だから、テツガクちゃんが夜に読書をしている間に、月はなくなっているかもしれない。
他にも、銀河の果ての訪問者が盗んでしまうかもしれない。
常にそういう可能性が隣にあって、曖昧さを生んでいるんだよ。
テツガクちゃん
それが肯定さんがいう、『存在と同時に存在しない』ということですか?
肯定
そうだよ。
僕が手に持っているこのコーヒーだって、僕が目を閉じた瞬間に消えてしまうかもしれない!
僕は机の上のコーヒーを手に取り、目を閉じてみせる。
そして、コーヒーを確認する。大丈夫ちゃんとある。
一口飲んでも見る。たしかに美味しいコーヒーだ。
それを確認した後、コーヒーを元の机に置いた。
肯定
今、こうしてコーヒーの状態を確認した瞬間、初めてコーヒーは存在する!
でも、次の瞬間にどうなっているかは、わからない。
だから、常に『存在と同時に存在しない』んだよ!
テツガクちゃん
面白いですね~。
常に曖昧さが隣にいるということは、そのコーヒーがコーヒーであり続けるとは限らないんですよね。
明日にはそのコーヒーが紅茶になっていたり?
お互いこの話題で盛り上がり、時が過ぎた。
話に夢中になり、僕は少し喉が渇いた。
そこで、机の上のコーヒーを飲もうとした時だ。
カップにあったはずのコーヒーがない!
肯定
テツガクちゃん! 僕のコーヒーがない!
これが曖昧さの仕業だよ!
テツガクちゃん
本当ですね!
あっ、念のために言っておきますが、私は飲んでいませんよ!
彼女は嘘はつかない、というより嘘がつけないのだ。直ぐに表情にでてしまうから。
そして、コーヒーを飲んだ痕跡もない。
だけど、幽かに彼女からコーヒーの香りがした気がした。
テツガクちゃん
コーヒーがなくなってしまったのは残念です。
変わりにおやつの時間にしません?
ちょうど今、完成しました!
手作りゼリーの盛り合わせです!
彼女は色とりどりのゼリーを僕に渡す。
お互いの盛り合わせを観察してみると、僕のにだけ黒いゼリーがある。
肯定
この黒いゼリーは、なに?
テツガクちゃん
食べてからのお楽しみです♪
その味を確認するまで、ゼリーの正体は曖昧です!
そうですよね?
この時、なんとなく僕のコーヒーを隠した犯人がわかった気がした。
そう、全ては“曖昧さ”の犯行だったのだ。
黒いゼリーを食べてみる。犯人を突き止めるために。
凄く美味しいコーヒーゼリーだ……。
犯人の正体がわかり、満足している僕に幸せを運ぶ香りが近づいた。
テツガクちゃん
コーヒー残念でしたね。
これ、変わりのコーヒーです。
彼女が持ってきたコーヒーは、先ほどまで飲んでいたものより美味しい。
それと美味しいコーヒーゼリー……。
これはもう、最高のお茶の時間じゃないか。
テツガクちゃん
肯定さん、気づいてしまいました! 私!
犯人は『存在と同時に存在しない』んですよ!
そうですよね?
肯定
そうだね。本日も参りましたよ。
そして、楽しいお茶の時間をありがとう。
これが穏やかなお昼時に起きた、『コーヒーは存在と同時に存在しない』事件です。
きっと、この事件の犯人の正体は、この手紙を読んでくれた人の数だけあるでしょう。
それが新しい謎を生んだりして、1つの真実とは違う様々な形の幻を描く。
その結果、さっきまでのことなど、もうどうでもいいのだ、とみんなが笑って言える時空をつくる。
これが表幻者の役目で、テツガクちゃんは今後も活躍することでしょう。
その時、また手紙に記します。
それでは、また次の機会にお会いしましょう。
敬具、親愛なる友人へ、助手の肯定より
敬具、親愛なる友人へ、助手の肯定より
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