蒼い逆さまな川と僕の想い出は人生の怪談。
過ぎ去った距離に比例して。
どんどん『Sexy Sexy,』に『グロウアップ』していく。
そんな想い出はババサレ。
子供は気づけない、人生の怪談のお化けだ。
逆さまな川は相変わらずだった。
その川は埼玉南東エリアにある、僕らのホームタウンを流れる川だ。
古利根川から元荒川へ続く、逆さまな川は蒼い。青ではなく蒼い。碧よりも緑なのに蒼い。ずーっと変わらずに蒼い。諸行無常なんてものが幻想だと笑い飛ばすように蒼かった。
そんな不老不死な蒼い逆さまな川。その途中には小さな公園がある。二つ以上の呼び名を持つ、その公園の名は第五公園か双子塔公園。あるいは……別の名前。
人によって呼び名が変わる公園の近くの橋を僕はよく通る。
なぜ、そこを通るのか。それが帰路の途中にあるから。そんな平面的な理由の奥に、立体的な理由が隠れている。橋の近くに友達が住むマンションがあるから。それが、この橋を通る大きな理由だった。
実は先週の金曜日も、彼女と分岐橋で別れた後に友達の家に寄っていった。
中学時代に加古川からやってきた彼は、車が好きでゲームがめちゃ上手い。そんな彼と出会っていろんな友達ができた。高校生になった今でも中学時代の友達と集まり、流行のゲームをしたりしている。そう恐竜を追いかけ回すゲームだ。
ほんの一遊びのつもりが、徹底的に遊びたくなった僕ら一行は、一旦帰宅してから再び友達の家に集まることにした。川沿いの白いマンションに住む、友達の家に。
そして、夜通し恐竜を追いかけ回した僕ら。
城主の彼は前衛で、蟹殺しの友達も前衛で、不器用な僕も前衛……。少し歪な組み合わせに、城主の彼が支援に回ったりしながら全戦全勝。二強の友達におんぶにだっこで、美味しい思いをしたのは僕。
そんな楽しい時間。古い言葉で言えば、パーリィー・ナイト・フィーバー。そんな感じの夜会は、また来週って未定な約束のラインを描いてお開きになる。
静まり返った、真っ青な早朝の下、僕は橋の上で蒼い逆さまな川を眺めていた。
ホント、何一つ、変わらない……相変わらず蒼い。
そう思いながらも、再びこの橋の上から、この蒼さを眺めているのが凄く不思議だった。
そのまま、友達が住む白いマンションの方を振り返った。
まさか、またそこを訪ねる日が来るなんて。想像も予想もできなかった、この怪奇現象は人生の怪談だ。知らない間にどんどん『グロウアップ』していく。
そんな馬鹿げたことを愚かに考えていると、車が一台過ぎ去った。
穏やかに道路のど真ん中を暴走する、中間色のカプチーノだ。
そろそろ、青い朝も明ける。昼間にはこの橋を何台もの車が過ぎ去る。その昼間が動き出す前に、僕は今しかできない掟破りの斜め渡りで、道路の向こう側の土曜日の夕方へ帰った。過ぎ去った、中間色のカプチーノのように穏やかに自転車を転がして。
朝帰りの土曜日。日中を寝て過ごし、夕方からテキトウに宿題を片付け、日曜日もテキトウに過ごす。典型的な落伍者伯爵の休日を過ごしながらも、頭の中では人生の怪談にとり憑かれていた。
そのまま、月曜日の朝に辿り着き、気がつけば放課後になっていた。
それくらい、僕はこの怪奇現象にマジになっていた。
そんな僕の関心を思い切り引っ張る声は春。そう、超・ド級のワガママな春だった。
「肯定さん、何かの事件ですか?」
声の主の方を向けば、掃除を終え、帰り支度まで済ませた彼女が立っていた。
一方の僕は掃除を終えた後、帰り支度を放り投げ、不毛な回想鈍行を待っていた。
「いや、あの川は相変わらずだなって」
「あの川……元荒川のことですか?」
彼女が指さす窓の向こう側には、緩やかに穏やかに優雅に流れる元荒川。
カヌー部が練習に励んでいて、土手道には愛犬と散歩する人もいた。
僕らが通う母校において川といえば、隣を流れる元荒川。ギンバシコースでいつもお世話になっている、馴染みの川。
だけど、今の僕が想う川は蒼い逆さまな川。それを静かに伝えた。
「ガクちゃん、逆さまな川、知ってる?」
「いいえ、知りません。その川は……秘密の香りですね!」
そう満足そうに微笑む彼女。これ以上、ゴキゲンな彼女を待たせるわけにはいかないと、気づいた僕は突貫支度を済ませ立ち上がる、その勢いはウカレタ速度。
そのまま、僕らは静かに教室を飛び出した。
もうこれ以上、シャレてる時間などない放課後の教室を。
元荒川の土手道、街灯を何本か過去へ流してから僕は秘密を明かし始めた。
「近所に蒼い逆さまな川が流れていて。その川はずっと蒼いんだ。青ではなく蒼。碧よりも緑だけど蒼。そんな感じの小さな川がね」
「もしかして、双子塔公園を流れる川ですか?」
「そうそう、その川。あの川はずっと蒼いんだ」
そんな心情と心境をどこから明かしたらいいのか。少し迷いながらも、素直に正直に僕が思う、今は伝わらない気持ちを傾けた。ゆっくりと秘密が零れていく帰り道。
「ホント、いつまでも相変わらずでね。だけど、その川を眺める僕と隣にいる誰かは。いつだって違うんだ。なんか、それが凄く不思議でさ」
「まるで、人生の怪談ですね!」
そう返す彼女も相変わらず速い。
抜群の関心捌きで、好奇心をドリフトさせながら追いかけてくる。
「そう、怪談だよ。怪奇現象だよ」
そして、僕は遠い遥か昔の友達の話を始めた。
「幼稚園が同じだった友達がいてね。小学校は違ったんだけど、休日はその友達と遊んでた。その友達は逆さまな川の近くの白いマンションに住んでいたんだ」
趣旨不明で得体の知れない、よくわからない僕の昔話に無言な彼女はついてきていた。
そんなこと、特別訊ねなくてもわかるくらい。彼女の輝く瞳の圧が初心者マークよりもピッタリと貼りついている。そのことに気づいていた僕は、そのまま一方通行で滑らせ続けた。迷うこともためらうこともなく。
「夏の暑い日。お揃いの色違いの帽子をかぶって、一緒に川沿いの道を歩いた。凄く楽しかった日々も。ある日、友達の引っ越しで終わってしまった」
「それはそれは……つらかったですね」
「うん、かなりね。僕の友達って引っ越しが多くて。しばらくショックだった。きっと、もう、あの川沿いの道を通ることはないって思ってた」
そう、あの川沿いにある、白いマンションに行くことなんて二度とないって。小学生の僕にだってわかっていた。そんなこと、あるはずがない。絶対に永遠に。
「そこから三年くらいは酷い時代だった。でも、中学二年の時に加古川から来た子と友達になったんだ。そこからは景色がひっくり返った」
「救世主到来ですね!」
「そう、救世主だった。それもただの救世主じゃない。めちゃ凄な救世主だった。彼を中心にいろんな友達ができた。今まで知らなかった世界も知った。僕の人生に加古川から黒船が来て、人生革命が起きたんだ」
それは大げさな表現ではなく。確実に自分の短い年表に、太く濃いぃー文字でデカデカと記されるほど大きな出来事だった。そして、彼が引っ越してきた場所が運命の流れ星。信じられない怪奇現象、人生の怪談だった。
「その友達は白いマンションに引っ越してきた。そう川沿いのマンション。昔、何度も友達を訪ねた、あの白いマンション。二度と行くことはないって思っていた、僕の思い込みは。たった三年で、彼によって星になった。凄く嬉しかった」
そう淡々と明かした僕の言い分は、蛇のように踊りながら這う。
だけど、何かが足りない気がして。不足を補うようにその言い分に足をつけた。もの凄く慌てながら、何かの予定に遅れそうな愚かなFRのウサギのように。
「あっ、マンションはどうでもいいんだよ。ただ、家に招かれる度、大好きな友達のことを思い出せて。それが懐かしくて、嬉しくて。そして、新しくて」
「そうですよね、新しいですよね」
妙に何かに納得するように、優しく頷く彼女には全てお見通しのようだった。
いつか彼女に後ろからぶち抜かれる。最強最速のタイプA4Bが先行する、そんなラインが幽かに見えた気がしたが。僕はそのまま振り回し続けた。振り返らず、精一杯に攻めて攻めて攻め続ける。彼女と同じ愚かなFRのプライドにかけて。
「そう、新しい友達だった。だから、想い出も新しくて。一緒に自転車で川沿いの道を走った。二度と通ることのないと思った道を。その隣を流れる、川は――」
「相変わらず、蒼いまま。そういうことですよね?」
「さすが、ワトソンさん。名推理だよ。どっちが名探偵か、わからないね」
軽く短く沈黙のラインを引きながら、僕は加速を緩めて話を曲げ始めた。
「昔、市役所の未来予想図では、あの川は鳥や魚が住む、緑豊かな川に変わるはずだった。その理想に期待した小学生の僕もいたけど。相変わらず、蒼いまま。残酷なほど何も変わっていない。だけど、そこを通る僕は」
「いつの間にかに『グロウアップ』しているようですね。子供にも大人にもなることなく、我がままに加速していくように」
そのまま、彼女は圧倒的な加速で僕をぶち抜き前へ出た。
何も思い通りにならず、退屈でどうにもならない、どっちらけの人生に止めを刺すほど支配的な加速で。
「肯定さん、私からもいいですか?」
話の主導権を取る許可を求められ、僕は静かに頷きながらも覚悟した。
ココから圧倒的に先行し続けて、徹底的に振り回す彼女のワガママにどこまで貼りつけるか。お互い、意地の張り合い。攻めて、攻めて、攻め続けないと、あっという間に朝になってしまう今を加速させていく。
「私、月曜日が大好きだったんです」
月曜日が大好き。それはちょっと意外な感情のようにも思えた僕。花の金曜日、夜の土曜日、夢の日曜日。それらが好きだった僕にとって月曜日の印象は朝。落伍者伯爵は朝には灰になってしまう。
しかし、彼女のワガママは、落伍者伯爵な僕を扉の向こうの朝へと引っ張っていく。ゆっくりと静かに、確実に加速しながら。その速度は灰になる暇もない、めちゃ速な最速神話。
「昔、日曜日の夜に、『学校の怪談』というアニメが放送されていたんです。それを震え上がりながら見るのが楽しみでした。そして、酷い夢を見た後、クラスメイトの顔を見て、安心していた。そんな月曜日が大好きだったんです。救われたような気がする、『ROKA』な感じです」
その心情には僕も覚えがあった。日曜日に見た物語。その話で一番盛り上がれるのは、他でもない月曜日だった。ネタの鮮度が違う。他のどんな曜日よりも、新しく鮮やかな青い朝の鮮度は新鮮そのもの。他の曜日にはない色だった。
「『学校の怪談』か、懐かしいな。僕も震え上がったよ。ババサレ、婆は去れ、今となっては笑い話だけど。本当に恐くて怖かった。今でも来客が苦手……」
「肯定さんもですか!? 実は、私も。今でも苦手です。あのインターホンの音が。同じ似た者同士ですね」
笑いながらそういう彼女。なんとなく、苦手と答えた表情。その奥の心情は、怪談で震え上がった時とは違う理由でそう答えた気がした。なぜなら、今の僕もそうだから。
そんな粗末な直感を隠したまま、僕は追いかけ続けた。彼女と過ごす今が見えなくなってしまわないように。
「当時の私はあの日々が、ずっと続くって、疑うことなく信じていました。どこか永遠のようにも感じた、あの日々。退屈に染まった時は、窓の向こう側を眺めて。全く動かない時計の針と続ける、だるまさんが転んだは延長戦。ですが、気がつけば最終回。いつの間にか卒業式でした」
そんな彼女の言い分が、妙に心の奥に刺さった。
その理由は、先週の金曜日の夜から続いた夜会。
日付が変わり、土曜日の寅一つ時……つまり、午前3時頃のことだ。金曜日の夜から続くゲームに僕は飽きていた。素直に正直に言えば。
しかし、同じように素直に正直に言えば、友達と過ごす時間は大好きだからいつまでも続いて欲しい。
ただ、飽き性な僕は違うことがしたかった。といっても、喋り倒すのが好きな僕がやりたいことなど決まっていて。ただただ、喋り明かすこと。そんなこと、他の人にとっては退屈な永遠で。だけど、僕にとっては欲求な一瞬で。
睡魔が襲い続ける中、楽しい夜会がお開きになった卯一つ時の午前5時頃まで、そんなことを考えていた。実にくだらないことを。思案にくれる、まどろみ一歩手前の自我は確かな永遠を感じていた。
その偽りが混ざる隙間もないほどに完全無欠な永遠は、人生という怪奇現象の中で、純粋無垢な一瞬という速度まで加速していく。一瞬ということは永遠で、永遠を感じた今は一瞬で、一瞬と同時に永遠である。そんな不可思議な事実を僕も彼女も覗いている気がした。勘違い気味の愚かなFRの僕は追いつこうと永遠と一瞬を加速させた。
「ホント、あっという間だね。つい、こないだのようで」
「今となっては、遠い遥か彼方の銀河系ですね」
そう返した彼女は速い。僕の精一杯の加速が減速に思えてしまうほど速い。
先行したまま、今の彼女が見ている不思議を照らし続けた。
「もう一度、想い出を振り返れば、あの時の気持ちに戻れると思っていましたが……。そうとは限らないみたいです」
ほんの少し感傷的なぬかるみに捉われ、幽かに揺れて乱れる彼女のライン。
その後ろから、さきほどのお返しのように、同じ合言葉を静かにぶつけた。
「勝手に無意識に『グロウアップ』してしまったらしい。そんな覚えはないんだけど、そう錯じったように感じてしまう錯覚は人生の怪談だね」
ふいに後ろから突かれた合言葉に、先行する彼女の情緒模様はレモンたっぷりな爽やかさで笑い飛ばした。
「本当に人生そのものが怪談ですね。スゲー、オカルト。神秘的な夢、そのものですね」
そう、誰もが気づいている事実を思い出してしまった、彼女の暴走は止まらない。
さきほどまで感じていた、感傷的な空転を忘れ去るように笑い、笑い、笑う。
そのまま、勝手に流れない今、この瞬間。その時間の上をシッカリ捉えながら滑り出していく、その様はセクシー?
「最近まで、想い出は『Sexy Sexy,』なんだと勝手に思い込んでいました」
「会いたくて、会えなくて。戻りたくて、戻れなくて。そんな感じ?」
「そんな感じですね。戻りたくて、戻れない、そう思い込んで振り返る、その姿がセクシーな見返り美人。最近、そんな気がします」
「見返り美人か、そうかもしれないね。想い出を振り返る余裕のある人は美しいね。誰だって、いつだって」
彼女が明かしたセクシーな見返り美人を想像しながらも。彼女の言葉が少し気になった。最近までそう思い込んでいた、彼女の想い出。しかし、今はどうなんだろうか?
浮かぶ幽かな疑問符は永遠の謎のようで、一瞬の速度に吸い込まれていく。
今、疑問符も追いつけないほどに、僕を全速全開にさせるのは、話題を振り回しながら先行する彼女。その彼女が持っている、挑発的な抜群のワガママ。振り返る暇などない、マジに夢中に『DIVE IN!』できる彼女の我がまま。後ろから追いかける僕には、それがセクシーに映っていた。
なかなか追いつけない残光残像のラインは、一瞬に滲みながら、今へ今へと永遠に広がる今に誘い出す、誘惑の中間色。
その色に向かって、今、気づいたことを呟いた。
「想い出を振り返るのがセクシーなら。圧倒的にぶっちぎる憧れもセクシーなのかもしれないね」
ふいに零れた僕の心情。それが、彼女を強く穏やかに加速させた。
「会えなくて、会いたくて。近づきたくて、近づけなくて。そんな感じですね」
「そんな感じだね。前でも後ろでも何も変わらない。諸行無常なんて幻想が存在しない、この世において。過去未来、過未の領域は禁足地。というより誰も到達できない桃源郷。だからこそ――」
「『Sexy Sexy,』なんですね! さすが、私のホームズさんです」
そう嬉しそうに返す彼女はワガママ・クイーン。静かに四つのAを揃えるように、今の心情を明かし始めた。それは答え合わせ。
「私、想い出を振り返ることだけが、セクシーだと思っていました。ですが、それだけでは何かが足りない気がして」
ゆっくりと歩きながら、まじまじと僕の奥の方にある第一本心を覗き込む彼女。
その瞳の輝きが、赤い領域の向こう側まで針を連れていく。僕の関心は釘付け永久漬けの凍土だ。
「そうなんです。足りないんです。想い出の中にだけセクシーな懐かしさがあると期待していたら。いつだって想い出は新しくて。懐かしさには飛び込めなかったんです」
少し残念そうに語る、その表情の奥から何も変わらない我がままが飛び出した。
「ですが、気づいてしまいました! 私! 蒼い逆さまな川に懐かしさがあるのではなくて、隣の誰かがセクシーだったんですね」
「そうかもしれないね。白いマンションが懐かしいんじゃなくて。そこを訪ねる理由をくれた、友達がセクシー……いや、変な意味じゃないよ?」
「もちろん、とても健全な意味ですよ。魅力的な今です。過去でも未来でもありません」
指し指を僕の方へ向けて愉快に笑う彼女。指先から続く、見えない意図に釣られるように、気まずさをごまかすように、僕も笑う。そんな今、この瞬間もセクシー。疑う隙間もなく、明らかに限りなく。
「永い間、かかっていた霧が晴れました。今日、秘密を教えてくださった、肯定さんのお蔭で。事件を隠していたのは私の方でしたね。自分でも気づきませんでしたが」
「僕は気づいていたよ。迎えに来てくれた時に、これはただ事じゃない。とんでもない事件を隠しているなって。だって、僕も同じだったから」
笑う二人、お互い、同じ怪奇現象、人生の怪談につまづいた者同士。
だから、この程度で彼女のワガママに追いつけるとは思っていなかった、僕。
そのまま、赤い領域の向こう側のまま追いかけ続けた。
「そうですね、同じ似た者同士ですね。振り返っても、前を向いても、セクシーです」
四つ揃った彼女のA、WAGAMAMAは、誰がワガママ・クイーンなのかを名乗るように、挑発的に抜群のワガママを滑らせ始めた。圧倒的な速さで。情け容赦なく、慈悲深く無慈悲に徹底的に。
「ですが……オカルトの人生において。会いたくて、会えなくて。そんな退屈なラビリンスなんて、誰がどうしていつ決めた? つまり、そういうことです」
この瞬間を待っていた僕は、引き離されないようにくらいついた。地元の人なら知っているかもしれない掟破りで。
「知った気になれば見えなくなる、この世特有の人生の怪談。だからこそ、実幻可能な掟破りのワガママ走り、『小柏文法』。そのまま、我がままに走り続けられたら。まだ知らない人生の怪談にも気づいてしまうのかもしれない。もし、そう気づけたら――」
「もう今日は少し魅力的になるべきである! 無意識に勝手に何かが『グロウアップ』していくというのなら。ワガママはいつまでも変わらずに我がままに。あの逆さまな蒼い川と同じように」
二人揃って立ち止まった。そのまま、隣を流れる元荒川を眺めた。
群れない鴨が数羽、気ままに泳いでいた。それぞれに同じように。
その光景を何の指示もなく揃って黙って眺める僕らも、それぞれに同じように。
この不可思議な現象も怪奇現象。特別、計画を立てた覚えはないのに、偶然という得体の知れない風が運んでくる、必然な事実は選ばれし今達。僕のポケットから伝わる振動もその一つだ。
「肯定さん、携帯鳴ってません?」
「あっ、たぶん、メールじゃないかな? 何かのお知らせメールだよ」
緊急の連絡以外に電話などかかってくることなどなく。9割以上はメールで。もう、携帯電話というより、携帯郵便局という感じの僕の携帯。そこに来るメールも5割くらいは何かのお知らせメールだった。
メロディーのないマナーモードの携帯の訴え。僕はそれを自宅に辿り着くまで確認しないつもりだった。その思惑を掟破りなワガママがぶち抜いた。
「いいえ、誰かからのメールのはずです! きっと、おそらく、たぶん。ですから、是非、ご確認を」
「えっ、うん、わかったよ……」
彼女の勢いと圧に押されて流されるように、ポケットから出した青い携帯電話の待ち受けを覗いた。新着メール2件。その知らせの奥へ進むと、フォルダー分けされたメールボックス。一目で何のメールかわかった。一つはお知らせメール、もう一つは……。
「あっ、友達からだ……」
「加古川のお友達ですか?」
「うん、そうだね」
そう答え携帯を閉じようとした僕を止める声は、超・ド級な春、風光る。
「ちょっと待ってください!」
その中間色に輝く風に、上の空にある驚きを表にあらわした僕は案山子。へのへのもへじ。
「ご用件は読みましたか?」
「いや、ほら、人といる時に携帯を見るのって、あまり好きじゃないんだよ。だから、後で確認するから」
「いえいえ、今です。今、確認しましょう。もう、あの橋も近いですし。何か急用かもしれません。そんなことを思うと、残りの道が中途半端になってしまいます」
彼女の隣で携帯を確認するのは失礼だと思っていたが。彼女の言い分は御もっともだった。このまま、お互い意識半分のままでは中途半端だ。そう思った僕は静かにメールの内容を確認した。そして、驚いた、その受信時刻に。
「嘘!? お昼のメールだ! なんで気づかなかったんだろう」
我が母校は携帯電話の使用は禁止だ。しかし、掟破りが辞められない僕は、お昼休みに電源を入れて新着がないか確認していた。時には手動で送受信もしていた。それでも、こういう事故があった。
内容を見ると、時すでに遅し気味の用件に内心は真っ青だった。
「ガクちゃん……少し返信する時間をくれる?」
「もちろんです。1週間でも2週間でも必要なだけ待ちますよ」
「ありがとう……友達も待ちぼうけを許してくれたら嬉しいけど」
僕は考えた。授業中には3程度で止まる頭の回転数を赤い領域まで回した結果。下手な言い訳より、ありのままの事実を伝えるのが礼儀だと決断した第一本心は、文面の最初に謝罪を置いてから、まだ間に合うかを訊ねる文にした。それを恐る怖る送信した。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
閉じた携帯をポケットにしまって再び歩き始めた僕らの今。
まだ内心は真っ青でも、隣にいる彼女についていくことに夢中になると赤くなる。
そんな彼女に僕はお礼の心情を込めながら、感心と感服をかけてあらわした。
「ガクちゃんの勘って凄いね。もし、今日一緒に帰れなかったら。家に帰るまで友達のメールに気づけなかったよ。ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、これも、いわゆる人生の怪談ですよ」
「ホント、人生って得体の知れないオカルトだね。この世においては」
「全く以て、そのとおりが普段通り。裏通りも表通りもいつも通りですね」
特異の怪快台詞を滑らせ、しばしの沈黙を引いた彼女の立ち上がりは『坂本文法』。
「どこまで行っても、続く諸行無常なんて幻想があれば幸せですが。そんな幻想、この世には存在しません。だったら……。都合よく変えられない、諸行無常より。都合よく貫ける、永久不滅の色を選んでいく。一度きりらしい人生において、我がままは基本だぜ、『坂本文法』」
特異の文法を滑らせ、満足げな彼女は僕の目、その奥へ向かって言った。
「肯定さん、いつまでも続くと思っている、そのメールだって。いつの間にか、最終回です。そのまま、過ぎ去った距離に比例して、どんどん『Sexy Sexy,』に『グロウアップ』していく想い出はババサレです」
「ババサレ?」
「会いたくて、会えなくて。そう思えば思うほど、強くなってしまう人生の怪談のお化けです。大人には見えないババサレがいるのであれば。子供には気づけず、大人にしか気づけないババサレだっているはずです」
「……いるね、すぐ近くまで来ている気がする」
今日、一緒に授業を受けた同級生と、この先で会うことは二度とないかもしれない。
今も続く中学時代の友達と過ごす日々も、この先にはないかもしれない。
この先で再会した友達と過ごす10年近くの今も、終わるかもしれない。
そんなことは、生まれた瞬間から何度も経験してきたのに。どんどん慣れてしまって、感覚が鈍くなるのを止められない、不可思議な怪奇現象。そんな人生の怪談が見えた頃には迷宮入り。もう、どうにもできない頃に唐突に突然に姿を現す、ババサレは恐ろしく怖いほどにしぶとい。そう簡単には眠ってくれない。
しかし、不可視な灯しで頼りになるワガママは、僕の見えない足跡を照らした。
「肯定さんの今への向き合い方と過ごし方は大正解です。マジに夢中な抜群の関心に加えて、今を全速全開に滑る特異さ。八方塞がりな後悔の落とし穴をすり抜けて、ワンダーランドへGO、『酒井文法』です!」
「本当にこれでいいのかな? 自信はないよ」
「ココまで私に貼り憑きながら、自信がないなんて。私を追い越すおつもりですか? ですが、それでこそ大正解です。きっと、この先でもスマイリーに『酒井文法』を呟くはずです」
「そうだと嬉しいな。あの時、過ごした日々と過ごし方は大正解だったって呟けたら」
「今だって精一杯ですからね、呟けますよ。その速度には、どんなババサレも追いつけません。なんせ最強最速のタイプA4、WAGAMAMAですからね」
さきほどまで、かなり近くに感じたババサレ。
それが、遠い遥か彼方の銀河系に感じるほど、加速した彼女は僕を連れていく使者。
いつだって、どこだって、関係ない。隣か前に彼女がいれば、マジに夢中になれる。
彼女こそワガママ・クイーン。慈悲深く無慈悲で冷酷冷徹な速度は最速神話。気がつけば、分岐点のあの橋。そして、再び携帯が鼓動を打つ。
「肯定さん、携帯です!」
「あっ、ちょっとごめんね。確認させてもらうよ」
携帯の待ち受けには新着メール1件の知らせ。そのまま、メールフォルダーまでいくと加古川の友達からの返事だった。恐る怖るメールを開いた。
「いろいろ、ありがとう。この後、友達と会うことになったよ」
「それはそれは、よかったですね。……はっ、間に合いますか!?」
「大丈夫だよ、友達は電車通学だから。この街に着くまで時間があるから間に合うよ」
「それなら、なお、よかったです」
そう微笑みながら返した彼女は、僕の前へ出てくるっと振り返る。
それは永遠に続く一瞬の普段通り。
諸行無常なんて幻想が、この世には存在しないと笑い飛ばすような声で告げた。
「それでは、私はこちらに向かいます。実は私も用事があるんです」
どんな? そんな野暮なことを訊ねる必要性。それを許さない絶対的なワガママで彼女は続きを滑らせていく。
「帰ったら『学校の怪談』の再放送を見るんです。懐かしさではなくて、新しい面白さに気づける今があれば、いつだってマジになれるって。肯定さんのお蔭で思い出せたので」
そのまま、滑り出して見えなくなってしまう。そう思っていた、僕の未来予報は大外れ。立ち止まったままの彼女は、快晴の春の陽気のように笑いながら思い込みを魅力的な星に変えた。
「いいですか? 肯定さん。会いたくて、戻れなくて。そんなつまんないゲンジツ。誰がどうしていつ決めた、です。私達には変わらない我がままと変わらない今があるんです」
自分でも気づかなかった、無意識の奥の方。その感傷的な僕の心情に向かって彼女はガツンと突っ込んだ。
「何も思い通りにならない、この世特有のどっちらけの人生。だからこそ、実幻可能な掟破りのシカト走り! この退屈、置き去りだ! 『小柏文法』です。常識的なゲンジツなんてシカトしてしまいましょう。なぜって――」
「ココは得体の知れない、ワンダーランドだからね。知れば知るほど、知らないことが増えていく怪奇現象は人生の怪談。それならば、頼りになるのは我がままと今だけだね。いつまでも変わらないから」
「そうです。誰かの説教がつくった思い込みよりも頼りになります。精一杯、無知と無恥を滑らせば大正解ですよ! それでは、また学校で」
どっちらけの人生。それに縛られ疲れてしまった僕の無意識。その深淵の思い込みに止めを刺したのは、片手を上げて微笑み、スマイリーな彼女。
その女神はあっという間にこちらの方へ向かって駆けて行った。対照的に黙って突っ立っていた僕はインテグラ。FRだけどインテグラ。
小さくなっていく、彼女の後ろ姿。それをあと何回見られるのか。そんなことを臆病に真面目に感傷的に考えてしまえば、ババサレに掴まりそうな気がした僕は、精一杯あちらに向かって進んだ。加古川の友達との急な予定に備えるために。
友達との急な予定は近所のゲーム屋さん巡り。
その後、彼の家で恐竜を追いかけ回すゲームをしよう、という、とても一般的な予定だが。それも数年で信じ難い非日常に変わるかもしれない。閉店していくゲーム屋さん。友達と遊ぶ時間も減って、携帯の新着メールの知らせにドキドキする日々もなくなるだろう。
そんなことを空想していた僕には、友達と過ごしたこの日が、どんな映画よりも劇的な場面に感じた。
ただ友達と自転車を走らせ、いつかはなくなるゲーム屋さんで30分以上探し考え込んで、やっと友達が決断して買ったゲームソフト。それを彼の家で見せてもらいながら、お互い今日の出来事と明日の予定を話して帰る。恐竜を追いかけ回すのを忘れて。
この素晴らしい脚本に勝る、名作映画なんてこの世に存在しない。それほど、完全無欠な予定を過ごせたのは、ワガママな彼女のお蔭だった。
さらに、彼女からのお土産は続いた。友達との予定を終えて自宅に帰宅した後、宿題をテキトウに済ませてから、録画しておいた『学校の怪談』を見た。
今日の彼女が言ったように、想い出を振り返ったところで、あの時の気持ちに戻れるわけではないが。あの時は気づきもしなかった、新しい面白さが溢れているのに気づいてしまった。たぶん、彼女と同じように。
懐かしむつもりが、新しい面白さに出会ってしまう嬉しい誤算。
過ちに誤りが多過ぎる、僕らの人生は、外側が変わったように見えても。まるで、何も変わらない不老不死な何かが奥の方で流れていて。時々、外側と内側の誤差がとんでもない怪奇現象を映し出す。
会いたくて、会えなくて。そう思い込んでいた、今の外側の感覚が。いつの日か、違うけど同じ今で出会ってしまう。過ぎ去った今と、未だ来ない今が合流する、内側の何か。古利根川と元荒川を繋ぐ、あの不老不死な蒼い逆さまな川のように。
得体の知れない、神出鬼没な怪奇現象が潜んでいるセクシーな今、この瞬間。それが、無意識に勝手にどこかへ流れて行くのなら悲劇だが。そんな現象はただの思い込み、錯覚の喜劇でしかない。だったら……。ありもしない諸行無常なんて幻想より。永久不変にあり続ける今に『DIVE IN!』すれば、ワンダーランドへ辿り着くのは基本だぜ、『坂本文法』。
彼女ほど上手く怪快文法を滑らせられないが。そんな僕でも気づいている。
確かに、時は戻せない。
なぜなら、時は勝手には流れないから。
むしろ、動いているのは自分の方だと気づけたら。勝手には動かない時空の上を進む自分の今は魅力的。無意識に勝手に信じ難い今へと加速していく、超オカルトな怪奇現象、人生の怪談。
そう思えてしまうのは、僕が彼女と同じ愚かなFRだから。賢いFF圧倒的有利なこの世において、あの世仕様の僕らは常に掟破り。
本当に、我がままと今の組み合わせは大正解だった。
僕らがもともと持っている抜群の愚かさに加えて、下りを恐れ怖れず滑り続ける、この勇気。人生の下り、最速神話は四つ揃ったA、WAGAMAMA。
それに気づけた今は、スマイリーな『酒井文法』。
だから、またどこかで。そんな今まで意地の張り合い。
あの時、描いた未定な約束のライン。それに追いつくまで。
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