拝啓、親愛なる友人へ。
僕達の住む街には、これまで街の発展に貢献してきたレストランがあります。
今回は、そのレストランにまつわる事件を紹介します。
ある日の晩、自宅で夕食を楽しむ僕達。
今日の夕食はステーキだ。
僕は、それをフォークとナイフを使い食べているのだが、彼女は僕とは違う『銀のフォークとナイフ』を使っている。
その理由を尋ねてみた。
テツガクちゃん
これですか?
実は、私よく吸血鬼と間違われるんです!
きっと、肌が白いためにそう思われてしまうと思うのですが……。
肯定
えっ、そうなの? 酷い話だね。
でも、どうして銀のフォークとナイフを?
テツガクちゃん
銀には魔よけの効果がある、と言われています。
もし、私が吸血鬼や魔女といった人ならざる者であれば、この食器は変色するでしょう。
そういい彼女は手に持っているフォークとナイフを見せる。
特に変わりはなく、美しい銀色の食器だ。
よく見ると柄の部分に“TJ”というイニシャルが彫ってある。
テツガクちゃん
ですが、この通り食器は綺麗な銀色ですよね?
そして、私の手もこの銀食器を持っていますが、何も起こりません。
僕は頷き納得した。
彼女は吸血鬼でも魔女でもない。
テツガクちゃん
ですが……肯定さんは、まだこの食器に触れていませんね?
もしかして、肯定さんが吸血鬼ですか!?
大発見をしたかのように目を輝かせ、僕に食器に触れるよう要求する。
だが、その食器を食卓に並べたのは僕だ。
だから僕も吸血鬼ではない。
もちろん、彼女もそれを知っている。
そう、いつものちょっとした悪戯だ。
肯定
じゃあ、後でその銀食器を見させてもらうよ。
それより、ちょっと郵便を確認してくるね。
もしかしたら、依頼があるかもしれない。
一日の終わりに郵便を確認するのが、助手の役目だと思っている。
ポストを確認すると一通の手紙が届いてた。
どうやら事件らしい。
彼女に手紙を渡した後、依頼の内容をたずねた。
依頼人は街で古くからレストランをやっている店主で、新しく開いたレストランの調査依頼だ。
新しい店は、『美食家トーマス・ジャックが絶賛するレストラン』というのが評判の店だ。
トーマスは時々、一般の人も参加できる料理イベントを開催し、彼が認めた人に金の食器を贈るらしい。
それを貰った店には、実力者の証が誇らしげに飾られてある。
だけど、あの店にはそれがない。
トーマスから認められた証拠がなく、噂だけが一人歩きする店というのは不気味だ。
もしかしたら、変な薬が入っていて、それが評判のもとかもしれない。
そんな怪しい店が近所にあっては困る、ということだ。
テツガクちゃん
街の発展に貢献してきた、伝統あるレストランの店主からの依頼では断れませんね。
では明日、その怪レストランに向かいましょう。
もしかしたら、吸血鬼が営業するお店かもしれませんよ!
翌日、噂の怪レストランで食事をする二人。
テツガクちゃん
こ、これは……とても美味しいステーキですね!
焼き加減も最高ですよ!
喜ぶ彼女が口にしてるステーキは本日7枚目だ。
やはり、変な薬が混入している可能性も捨てきれない。
彼女の食べたステーキは、どこへ消えているのだろうか?
そんなくだらない事を考えていた僕だが、料理の味は間違いなく本物だった。
トーマスに認められたかは分からないが、この味なら評判になるはずだ。
テツガクちゃん
では、そろそろ、店主さんに詳しい話を訊ねにいきましょう。
彼女は店主に質問する。
開口一番の質問が「吸血鬼について、どうお考えですか?」と聞いた時には焦った。
もちろん、店主も困っていたが、それでも質問には丁寧に答えてくださった。
この店は、こだわりの食材を使うことを徹底している。
使う食材は地元のものを選んでいるそうだ。
それらを揃えるために、店を開く前に地元の人とよく交流をしたらしい。
とても真面目で頑張り屋な店主だ。
変な薬の疑惑が完全に晴れたところで、金の食器の件を訊ねた。
すると、店主は不思議な顔をした。
そして、変わりに銀のフォークとナイフを持ってきた。
これがトーマスから贈られた物だと店主は言う。
飾らなかった理由について、これはトーマスから個人的に送られた物だから、飾らずに大切にしたかった、と答えた。
更に、まだまだ未熟なため、この食器を証として飾るのは自分には早い、と付け加えた。
変わりにイベントに参加した全ての人に配られる記念のコインは、肌身離さず持っていると教えてくれた。
全ての質問を終え、店主と依頼人の言い分には食い違いがあるとわかる。
僕がその理由を考えていると、彼女は目を輝かせ言う。
テツガクちゃん
気づいてしましました! 私!
街には、『新しい証』を贈るべきお店があることに!
後日、僕達は依頼人の店を訊ねた。
新しい店は、たしかにトーマス・ジャックが認めた店という調査結果を報告すると、依頼人は不愉快そうな表情を見せた。
テツガクちゃん
ところで、トーマスさんが認めた人に金の食器を贈る、という話はどこから聞いたのですか?
依頼人は自分の店のお客から聞いた、と答えた。
金の食器がないこの店は、たいした価値のない店だ、とそのお客に言われ傷ついたそうだ。
だから、近所にトーマスが認めた店という評判の店ができた時は、真っ先に証を確認しに行った。
だが、それがないとわかり、その調査を僕達に依頼した、という経緯らしい。
テツガクちゃん
シェフはこの記念コインを持っていますか?
彼女は記念コインを依頼人に見せるが、依頼人は持っていないと答えた。
ずっと忙しい日々が続いたため、参加できなかったそうだ。
テツガクちゃん
そうですよね。
シェフはこの街の人々に美味しい料理を提供して、発展に貢献してきました。
発展を支える日々の積み重ねが伝統の味として、今このお店に高々とそびえ立っています。
彼女は少し間をあける。
テツガクちゃん
今、トーマスさんが開催するイベントに参加すれば、銀食器は間違いなく手に入ると思います。
その前に私と肯定さんから、街の人達を代表して、これを贈りたいのですが……。
僕は彼女に木箱を渡す。
それを彼女は依頼人に渡す。
木箱を開けると、依頼人は驚いてた。
テツガクちゃん
それは、この街の伝統あるレストランへの感謝の証の『金のフォークとナイフ』です。
イミテーションですが……感謝の気持ちは本物です!
依頼人はこの贈り物に満足してくれたようだった。
調査の報酬は3倍に増え、こちらはとても助かった。
先に頂いた調査料は、彼女が食べたステーキに消えてしまったから……。
店から自宅へ帰る道中。
テツガクちゃん
ですが、不思議な事件でしたね。
最初は存在しなかった金の食器を飾るレストランが、今は存在しています。
これは“曖昧さ”による犯行でしょうか、それとも全ては『存在と同時に存在しない』のでしょうか?
肯定
テツガクちゃん、面白いことを言うね。
その金の食器を贈ろう、と言ったのはテツガクちゃんじゃない。
テツガクちゃん
そうでしたね。
ですが、意地悪なお客さんは、どうして依頼人にトーマスさんが認めた相手に金の食器を贈る、という噂を吹き込んだのでしょうか?
更に、それを店に飾ることが、実力者の証と言ったのはなぜでしょう?
肯定
ただの間違いじゃない?
それか、でたらめを言って困らせたかったんじゃない?
テツガクちゃん
実は、そのお客さんが人ならざる者だったり!?
そんな冗談を言っている時、僕はあることに気づいてしまった。
彼女が家で使っていた銀の食器。その柄に彫られていた“TJ”というイニシャル。
更に、記念コインを持っていたということは……。
彼女もイベントに参加し、トーマス・ジャックからフォークとナイフを貰ったのではないか?
最初から、この事件の疑問点に気づいていたのではないか?
もしそうなら、なぜそのことを黙っていたのか? 少し考えてみる。
考えた結果、彼女は“曖昧さ”の犯行にしたかったのではないだろうか?
全ては『存在と同時に存在しない』という結末に導きたかったのではないだろうか?
依頼人から金食器の話を聞いた時、それを否定しなかったのは、最初からこの結末を狙っていたのかもしれない。
そう、嘘から出た真実というやつだ。
お蔭で依頼人はただの勘違い、ということを気にせずにすんだ。更に日々の功績が認められ、金の食器という証も手に入れた。
相手に幸せを運ぶ結末になったのは、実に彼女らしい結末だ。
しかし、幸せを手にしたのは、本当に依頼人だろうか?
よく考えると、評判の店で7枚もステーキを食べた彼女が、一番幸せを手にしたのかもしれない。
最初からそれが狙いだったのだろうか?
そのことを訊ねようと思ったが、やめることにした。
そう、全ては“曖昧さ”の犯行で、犯人は『存在と同時に存在しない』ということだろう。
その後、二つのレストランは、金と銀、伝統と革新、といった対のライバル店として、共に大繁盛しています。
街に遊びに来た時は、是非二つの名物レストランの料理で、至福の時間を過ごしてください。
それでは、また次の機会にお会いしましょう。
敬具、親愛なる友人へ、助手の肯定より
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