2020年7月1日水曜日

それぞれの三割打者


 実力至上主義。
 そのはかりで計れば、3割は同じ実力。
 太郎 .350 30本 150打点 (勝利打点10)
 次郎 .310 10本 50打点 (勝利打点40)

 きっと、この二人も同じか。
 太郎の方が上だと評されるのだろう。






肯定
 実力至上主義。
 そのはかりで計れば、3割は同じ実力。

 10対0で勝った試合。
 5打数5安打10打点。
 そんな試合が続く。
 
 0対1で負けた試合。
 4打数0安打0打点。
 そんな試合が続く。

 シーズンが終わり、太郎は3割打った。

 0対10で負けた試合。
 5打数0安打0打点。
 そんな試合が続いた。
 
 1対0で勝った試合。
 4打数4安打1打点。
 そんな試合が続いた。

 シーズンが終わり、次郎は3割打った。

 同じ3割だけど。
 その内容は全く違う。
 それは、実力至上主義の中では霞む違いだけど。
 やっぱり、確かに違う。

 詳しく表せばこんな感じ。

 太郎 .350 30本 150打点 (勝利打点10)
 次郎 .310 10本 50打点 (勝利打点40)


テツガクちゃん
 ハッキリと確かに違いますね。
 
 もし、実力という幻想があるとしたら。
 きっと、二人の実力は同じくらいでしょう。

 いえ、太郎さんの方が打率、打点、本塁打。
 それらの数値が高いので。
 ほんの少し上かもしれません。

 ですが、一打一点の重さは次郎さんです。

 二人が残した成績。
 そこには、数値化しても表せないものがありますね。
 実力という幻想ではわからないものが。


肯定
 ホント、わからないものだらけだね。
 
 二人の違い。
 それは数値化しても、可視化できるものではない。
 本当は、誰もがそのことを知っている。

 でも、忘れたふりをして。
 実力という幻想にしがみつく。

 だけど、誰も数字なんかで。
 その実力をはかってはいない。
 けっきょくは、自分の印象に頼っている。

 華やかな数字の太郎の方が、印象がいいから実力があると思う。
 一方で、次郎のお蔭で勝てた試合は40もある。太郎は10。

 同じ3割だし、華やかさは太郎だけど。
 次郎が太郎に負けているとは限らない。
 チームの順位まで加われば余計に。


テツガクちゃん
 限りませんね。
 けっきょく、客観的な実力と言いますが。
 選ぶ人の主観が入る、主観的な実力です。
 もうそれは、ただの印象です。

 別に悪いことではありません。
 ただ、やっぱり実力は幻想でしょう。


肯定
 幻想だろうね。
 
 クラス全員が取った100点。
 それは、誰も評価しないだろう。
 国民全員が偉い大学に入ったら。
 やっぱり、評価されないだろう。

 実力をはかる秤。
 それは、絶対的な数値ではなく。
 相対的な数値の重さではかるから。

 もうそれは、絶対的に崩れない実力ではなく。
 曖昧に崩れていく幻想だね。


テツガクちゃん
 面白い深さがある、そんな幻想ですね。

 同じ3割でも。
 確かな違いがあり。
 更に、その奥には、数字に表れない違いもあります。

 数値化して、可視化された違い。
 その違いだけでは、何もわかりません。

 それは、当たり前です。
 なぜなら、私達は『Mr.ジョーンズ』ですから。
 目の前で何かが起きている。
 それは、わかっているのに、それが何なのかわからない。

 だけど、そのことがわかっている。
 数値化されても、数値化されなくても。
 やっぱり、わからないことが。

 そう気づける視点。
 それさえあれば、最高でしょう。

 実力や数字という幻想にすがらなくても。
 わからないままに、我がままに進めれば。
 きっと、あなたも『唯一無二』の三割打者です。
 あなたは何を三割打つのでしょうか?








それでは、また次の機会にお会いしましょう。










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無関心は希望

 好きの反対は無関心。  そんなたわ言、誰が言ったのか知らないが。   今の私からすれば無関心は希望。  今まで気づけなかった、その未知は。  愛しの故郷、待ちきれない今は夢の今。