2017年7月16日日曜日

映画『スリーデイズ』より『ドン・キホーテ』の解釈


 映画『スリーデイズ』より『ドン・キホーテ』の解釈を説明するジョンの台詞から。 


ジョン
 では、『ドン・キホーテ』物語のテーマは?


学生
 正義そのものより、正義を信じることの方が大事ってことですか?


ジョン
 そう、つまりは……こういうことだ。


 理性ある人間の心は、破壊的な考えに凌駕される。

 理性を失った方が人は強くなれるんだ。
 人は社会に秩序を構築し、時計や暦を発明し、天気も予測し始めた。
 ところが、人の人生を支配するのは当人ではない。

 もし、人が自分だけの現実を生きようと決意したら、それは狂気と呼ばれる――だが、絶望に生きるよりマシだ。


 

テツガクちゃん
 映画『スリーデイズ』のジョンの台詞には深みがありますよね。
 この後、妻を脱獄させるために、その『自分だけの現実の世界』へ足を踏み入れるわけですから。


肯定
 僕もあのシーンは大好きだよ。ラッセル・クロウさん、最高です!!
 この解釈の話は、僕たちが日ごろ話してることにも通じているよね。


 「正義そのものより、正義を信じることが大事」と答えた学生さんは本当に素晴らしい。


 結果そのものより、結果を出す『プロセス』が大事。
 最近、プロセスが大事だとは分かってはいるんだけど、結果を追いすぎて上手くいってないから身に沁みます。


テツガクちゃん
 確かに、今肯定さんはけっこう辛い感じですよね……。
 でも、この映画が肯定さんにエネルギーをくれたんじゃないですか?


肯定
 そうだね。いいエネルギーになりそう。

 
 ところで、ジョンが言うように、理性がある人間の心は破壊的な考えに凌駕される。
 その結果が、社会より『自分だけの現実を生きること』だとすると、それは本当に『狂気の沙汰で、破壊的な考え』なのかな?


テツガクちゃん
 難しいですね。
 ただ、多くの人は『社会の秩序』を守ることを優先すべき、と考えるのかもしれませんね。


肯定
 なるほど。
 でも、そう考えると、どうして『自分だけの現実』を生きることが狂気の沙汰なんだろうね?


 その生き方を辞めさせて、『社会の秩序』のために人生を捧げさせることの方が、『狂気の沙汰や破壊的な考え』ではないのかな?



テツガクちゃん
 確かに逆に考えると、人が『自分だけの現実』を生きることの方が、本当は自然なのかもしれませんね。

 むしろ、それを狂気の沙汰だ、と呼ぶ『社会』の方が、本当は狂気なのかもしれません。


 そして、それに気づける理性の持ち主は、『そんな狂気の社会なんか破壊してしまえ』という破壊的な考えに凌駕されるのかもしれません。


肯定
 テツガクちゃん、鋭い返しだね。
 
 全くその通りで、ジョンは博識だからその図に気づき、『自分だけの現実』を生きることが狂気と呼ばれてしまう社会。
 その社会には秩序があり、そこに所属していると安心感はあるが、そこは本当は絶望の世界。


 そんな世界より、『自分だけの現実』という社会から見たら『狂気の世界』へ踏み込むという流れは、あの映画の最高のシーンだよね。

 ただ、僕たちの世界観と映画の世界観が全く同じ、というのは喜ぶべきか、悲しむべきか悩むけどね。
 
 ところで、テツガクちゃんならどっちを選ぶ?
 『自分だけの現実』を生きるか、それとも『社会の秩序』のために生きるか?
 もちろん、僕は前者だね。だから、こういうことを言うわけで。


テツガクちゃん
 私も前者ですよ。
 でも、誤解しないで欲しいのは、私は破壊者ではありませんよ。

 徹底した自分主義なだけで、『世界を修正する!』という意識は全くありません。
 だって、ほら、『徹底した自分主義』ですよ?
 世界や社会なんてどうでもいい、と思うのが自分主義です。
 肯定さんもそうですよね? 破壊者や修正人ではなくて、徹底した自分主義。


肯定
 見抜かれてしまっているね。
 たしかに、テツガクちゃんの言うように、自分だけの現実を生きることが『究極の自分主義』と考えると、そこからは破壊的な考えに迷い込むことはないように見えるね。

 でも、まだまだ道は長いだろうから、道の先では『破壊者』という結末が待っているのかもしれないよ?


テツガクちゃん
 それは、モノの考えようですよ。
 『社会の常識』と言う『幻影』なら破壊した方がいいですし、その可能性が高いのは『自分だけの世界を生きる人達』だと私は思います。


 『北を指さない羅針盤』の話のように、自分の羅針盤でしか自分にとっての宝島へは行けません。

 それから、『第七感』や『運命か、自由意志か?』、『タイムマシン』の話も常識の外の世界に行かないと難しいですよね。
 
 だから、そういうわけで、今後もじゃんじゃん常識と言う『幻影』の破壊者であり続けてください。肯定さん。
 その行いが仮に破壊者と同じでも、別の呼び方もあります。そう、開拓者(パイオニア)です。


肯定
 降参ですよ。
 テツガクちゃんに、僕が得意な肯定哲学で徹底的にまとめられました。

 映画『スリーデイズ』は、いろいろ考えさせられる映画でした。
 『ドン・キホーテ』の解釈だけではなく、脱獄に必要なのは、綿密な計画や準備か、それとも成し遂げる強い意志か? という部分も考えさせます。
 ジョンに脱獄のアドバイスをくれるデイモンの台詞。
「二度と親の顔や、我が子の顔を見れなくてもいいか? 看守や人のよさそうな年寄りも殺せるか? それができないなら諦めろ、命を落とす前に」
 これもとても深みがあるシーンでした。






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それでは、また次の機会にお会いしましょう。

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無関心は希望

 好きの反対は無関心。  そんなたわ言、誰が言ったのか知らないが。   今の私からすれば無関心は希望。  今まで気づけなかった、その未知は。  愛しの故郷、待ちきれない今は夢の今。