2018年7月3日火曜日

孤独の定王






 テツガクちゃんと肯定の不思議な物語。第2回目の今回は、不敗の帝王とそれに挑む虚無の力を持つ強者の物語です。

 


 孤独の定王 


 やあ、はじめまして。私は否定です。人の欠点を見つけ、それを相手に突きつけ、どこまでも逃がさないよう徹底的に問い詰めながら、人が地の果てへ堕落していく、その様を見ることが私は大好きです。
 これまで私が戦い、撃墜した戦闘機の数は覚えていませんが、私は一度も戦いに負けていません。墜落してないから、今ここにいるのです。
 その戦績と孤独という勲章を持つ私は、きっと世界で一番のエースパイロットだったと言えると思います。
 個人的にはパイロットというより、帝王の方が適切だと思っています。誰もいない高い空から人を見下す、その姿は帝王と呼ぶのが相応しいですよね?
 帝王だった私にとって大切なものは、これまでの戦績と、それによって得ることを許された孤独という勲章です。
 関わってきた人間を地の底へ突き墜とし、勝ち取ったこの孤独。クラスや街など様々な時空の中で、一人でいられる時間は勝利者の証。
 一人で居られることが許されるのは敗北者ではなく、勝利者だけに許される贅沢な時間ということを誤解しないでもらいたい。
 もし、孤独の勲章を持つ方々がいるのなら、孤独に対して情けなさや、惨めさなどの劣等感を感じないで欲しい。
 孤独は帝王にだけ許される特別な勲章。そう戦いの勝利者だけが味わえる時間。それが孤独。
 だから、下を向かず、堂々と勝ち誇り帝王らしく、下界を見下し続けるためにもそれを手放さないで欲しい。
 いつか、あなたの前に自分の力では全く太刀打ちできない強者が現れるまで、絶対に。

 さて、実は今の私はもう帝王ではありません。
 戦績に敗北の刻印が刻まれることなく、私は自分で帝王の座から降りた。
 ずっと留まっていた玉座の間から、宇宙に散る様々な星座を探す旅に出かけてみたい、と思えた。正直、もう王座という星座には飽きたので、手始めに牡羊座を観に行こうと考えている。
 私がそう考えるに至ったのは、ある強者との出会いが始まり。私の不敗神話に終わりの幻影を見せた、虚無の力を持つ強者……。
 この強者との戦いは、永遠に忘れることは無いだろう。

 私はいつも通り帝王として教室に君臨する。
 クラスの大半の生徒は、私が地獄へ突き落としてきた。相手を徹底的に分析し、欠点を理解し、相手を逃がさないようにしながらそれを突きつけ、地獄へと追い詰める。そんな嫌なヤツである私に近づく者はいない。だけど、これでいい。これが帝王の時空。
 このクラスには帝王に以外にも、少し変わったことをいう人物がいた。
 『金のなる木』はあるとか、『誰しも魔法が使える!』という考えを持つフィロソフィーという女性だ。
 ほんの少しクラスでも浮いた存在の彼女は、手当たり次第に自分の考えを人に話していた。当然、彼女の考えはなかなか人には伝わらず、遠まわしに興味は無い、と拒絶され、彼女も孤独に近づいていた。
 私の調べによると、彼女は学業の成績はイマイチ、運動も得意ではなく、話題も独特で、やはり民衆と馴染める感じではなかった。
 ただ、どんなにあしらわれても、翌日には自分の考えを変えずに唱えている。
 そしてある放課後、その彼女が私の元へきた。最近、彼女が提唱する『誰しも魔法が使える!』説と共に。
「否定君、私気付いたんだけど、人はみんな魔力を持っているんだよ! みんな魔法使いなんだよ!」
 なんの恨みもなかったけど、帝王の時空に土足で入り込み、孤独の時間を奪った者は、誰であろうと容赦はしない。
 私は自分を守る理論の鎧と論理の剣を手にコロッセオの舞台へ上がる。
 彼女を観察すると、今のところは『不思議な考えの衣装』しか身に着けていないように見える。
「例えば、絵とかも魔法なんだよ! だって、頭の中にあるイメージが実際現れるんだよ!? 幻が現実になる! そういう力が私達にあるんだよ!」
 そういう彼女。実をいうと、この考えに少し賛成する自分がいた。
 正直、帝王であり続けるために戦い続け、百戦錬磨の私にはそういう魔力があってもおかしくはない、と思っていた。自分でも驚くこの不敗神話は何かの魔法によるものかもしれない。
 だけど、勝手に私の孤独を奪ったことは絶対に許さない。どうすれば彼女にその報いを与えられるか、と考え始める。一方、彼女は私がそんなことを策略していると気付かず、無邪気に紙に何かを描きだす。
 その姿を見て、次に彼女が何を言い出すかわかった私は、その瞬間を待つ。
「この猫の絵は、私の頭の中のイメージです! 本当は、このイメージを他人に伝えることはできません。でも絵にすれば伝わります! 私が見た幻が、否定君にも見えていますよね?」
 彼女が描いた猫の絵は可愛らしくデフォルメされている。実は凄くかわいい猫だと思っているが、それは隠しておく。
 デフォルメされた絵を彼女が描くことは私の予想通りだ。そこから相手を切り崩すことにした。
「これは写実的な欠片もないね。これじゃ猫のイメージは伝わらないよ」
 そうわざと言う。本当は彼女のイメージは十分すぎるほど伝わっているのに。
 この言葉にめげる人もいるだろうが、彼女は慣れたものだ。少しは凹んだ様子だが、これくらいでは逃げ出さない。  
「そうですか……すみません。でも、私の頭の中の猫が今、この紙に居ますよ! この現象はもう魔法と呼べますよ!」
「なるほどね、じゃあちょっと待って、私の猫も見せるから」
 そういい私は、10分以内に描き終わるよう猫の絵を描く。彼女が描いた可愛らしい猫ではなく、写実的な欠片がある猫。一応、私は絵も少しだけ描ける。孤独の時空の中で練習しているから。
 私が描いてる途中、彼女が期待に胸を膨らませていることがわかる。私の作業をせわしなく確認する。その姿は、オーブンの前でお菓子の焼き上がりを待つ子供の様だ。
 いつも門前払いの話題が、今日は少し脈があるのだから、その期待も当然だろう。だが、これが相手の背後を取る"捻りこみ"という技術に彼女は気づかない。
「どう? これが写実的な猫さ」
 10分と私の技術では、とてもいい絵は描けない。正直、絵の質は彼女に完敗だ。どう見ても彼女の猫の方が可愛らしい。ただ、ほんの少し、私の猫の方が写実の断片が含まれている。
「可愛いですね! もっとよく見せてください!」
 褒められるのは予想外だったが、私の作戦は成功した。瞳を輝かす彼女が私の手から猫の絵を取る前に、私はその写実の断片を持つ猫を彼女の目の前で破りさく。
 その出来事を目にした彼女は、先ほどまでの晴天の様な表情が一転。霧の都のように濃い霧に包まれる。この状況が理解できない彼女。一方、霧の中でも前が見える私はその破片をゴミ箱へ捨てに行く。その後、勝ち誇り彼女に言う。
「もし、本当に魔法があるなら、このゴミ箱の中にある紙くずをまた紙に戻してみなよ」
 私は彼女の美しい瞳から盗んだ輝きを手にして、それを教室の窓の先にある空の明かりと比べる。彼女の瞳の輝きは、この世界の空よりも美しい輝きだ。
 この世界のモノとは思えない輝きを手にした私は、それを戦績の宝箱に大切にしまい。抜け殻になった彼女を奈落へ突き墜とすため、得意気に続ける。
「ただ、そんなことをするより、もう少し、他に得意なことを探した方がいいんじゃない? このままだと何の取り得もない人になるよ。それでは、私はこれで失礼するよ。楽しい話だったよ」
 そういい舞台から降りる。完全に私の勝利だ。
 彼女の背後を取り、一撃を入れた。普段なら相手が舞台から降りるまで攻め続けるが、今日はそういう気分ではなかった。
 武器を持たない相手に追い討ちをするのは、帝王の流儀に反する。そんな相手と戦うのも流儀に反する気がしたが、彼女は私から孤独を奪ったのだから、これが相応しい報いだ。

 教室から出た私はそのまま帰路へ着く。その途中で今日の戦いを振り返る。我ながら素晴らしい戦いだったと自負する。
 目の前で紙を破りさき、最後の台詞を聞いた彼女の表情が忘れられない。何度、人が墜ちていく姿を見たのか覚えていないが、それは何回も見たくなる瞬間だ。
 相手に決定的一撃を与え、墜落していく姿を見ることが許されるのは、連戦連勝のエースパロットであり、玉座に座る不敗の帝王。
 それを噛みしめる瞬間は至福の時。だけど、いつもその瞬間を揺さぶる、ざわめきの様な違和感をほんの少し感じる。
 きっと、地獄へ墜ちた敗北者達の怨霊の醜い叫び声が、天まで届いているのだろうと、と私は考えている。そして、今日はその叫びがほんの少し、いつもより強い。だけど、私はこうして玉座という星座に勝利者として座っている。地獄の怨霊を恐れる必要はない。
 そんなことを考え、歩く私の頬を生暖かい雫が滴り落ちた。空を見上げると、勝利した瞬間の清々しさを表した様な雲ひとつ無い晴天だ。そこにまたひとつ雫が頬から墜ちる。
 どうやら珍しい天気雨のようだ。戦いに勝った日が"狐の嫁入り"とは、きっとこれも何かの縁だろう。狐さん、末永くお幸せに。

 フィロソフィーとの戦いの後、彼女は2日ほど元気がなかったが、3日目にはいつも通り不思議な考えを提唱していた。
 そして、私も帝王にだけ許された孤独の日々を楽しんでいる。
 だが、そんな平穏の日々は長く続かなかった。ちょうど戦いから一週間後、彼女から呼び出された。放課後、教室で待っていて欲しい、と。
 その申し出を無視して帰れば、私は帝王であり続けることもできたのかもしれない。
 だけど、ちょうどその日は、"鬼の嫁入り"の日だった。狐や狸が嫁入りした一週間後に、鬼が嫁入りすると、その夫婦が末永く円満に過ごせるように閻魔様が魔法をかけるらしい。鬼の世界では有名な話のようだ。
 そんな鬼のめでたい日には、悪事をするための鬼神も出払ってしまう。だから、今日は悪あがきをしない方が大安だ。
 放課後、私は戦いに向けて、自分を守る理論の鎧と論理の剣を用意する。
 どんなことを言われても自分は悪くないと説明するための理論。そして、相手を容赦なく奈落へ突き落とす道筋を作る論理。この二つがあれば、私は絶対に負けない。鬼神がいなくても、この戦いは勝てる……はずだった。
 完全武装で闘技場の舞台に立つ私。そこへ、遅れてフィロソフィーがやってくる。
「遅れてしまって、ごめんなさい」
 そう謝る彼女。そこからしばらく沈黙が続く。相手の出方をうかがうが、なかなか動かない。
 今日も彼女は、特に武器を持たずにやってきたようだ。普通の服を着ているだけの人と戦うのは楽しくない。特に今日は戦う理由もないので、帰ろうとした時だ。
「私、嬉しかったんです……」
 その言葉に意識が止まる。嬉しかった? 何が?
「否定君が言うように私、勉強も運動も苦手だし、変な事を言うから人とも馴染めないし、なんの取り得もない」
 ……そんなことはない。
「でも、私にもひとつだけ、できることがあるみたい」
 そんなことはない。ひとつどころか、たくさんできることはある。フィロソフィーの話にはいつも無限の可能性がある。それに可愛い絵も描ける。
「私は否定君に快楽を与えることができる」
 ……何をいってるの?
「否定君、私が傷つく姿を見て、嬉しいよね? 私だけじゃない。人を言い負かして、気分がいいでしょ?」
「何を根拠に」
「この前、悲しい表情の私を映す否定君の瞳が喜んでいたように見えたの」
「相変わらず変なことを言うね。それだけなら帰るよ」
 彼女の言葉に、私は計り知れない恐怖を感じた。私の心を全て見透かしているように感じたからだ。そして、それは間違いではなかった。
「待って! お願い、もっと私を傷つけて!」
「何をいうの? 別にそういう趣味はないから」
 彼女の迷いなく訴えてくる瞳が、私は怖かった。おかしい。今日は鬼神は出払っているはずだが、あきらかに彼女の瞳には、鬼神が宿っているように見える。
 迷いなく、訴えてくるその鬼神の瞳の中に、見たくない醜い臆病者が映っている。その存在を隠しておきたい孤独の帝王が、鬼神によって映し出される。
「私、否定君の幸せになりたいの! 私が傷ついてる姿を見て、それが嬉しいなら私も嬉しい! 私の悲しみを喜んでくれるなら、私、幸せなの!」
 ……やめて。
「だから、もっと私を傷つけて。私を悲しませて、もっと私で喜んで! 幸せになって!」
 …………本当にやめて。
「お願い。もっと私を突き墜して、あなたの幸せの一部にさせてください。これが唯一、私にできることだから!」
 ごめんなさい。本当にごめんなさい。そんなつもりはなかった。そんなつもりではなかったんだ……だから、もうやめて。
「どうしたの否定君? この前みたいに私を傷つけて、悲しませてよ。それであの嬉しそうな瞳を見せてよ。なんで、そんなに泣き出しそうな瞳をしているの?」
 心の中では答えているつもりだが、言葉にならない。気付けば、教室の中で天気雨が降っている。
 前回、"捻りこみ"で背後を取ったと思ったが、私の方が背後を取られてしまったようだ。
 いや、これは正確ではない。私が勝手に彼女に背を向けているのだ。武器も持たずに、私に向かって迷わず真っ直ぐ突き進む鬼神のような彼女に、私は怯えて背を向けているのだ。
 あれだけ容赦なく奈落へ突き墜としたのに、そこから這い上がり、またそこに墜として欲しい、と傷だらけになりながら笑顔で懇願する彼女。
 これまでたくさんの人を蹴墜とし、その墜ちていく表情に喜びを感じ、またその瞬間を何度も見たいと願ってきた。その瞬間が今、目の間にあるが、今の私はそこに恐怖しか感じない。
 私は、これまで孤独という勲章が欲しかった。孤独の時間を許された帝王の座が欲しかった。だけど今、ここには彼女が居る。何度この玉座の間から追い出しても現れ、その度に傷ついていく。
 彼女の命の光が消えるまで、彼女を突き墜とすことができれば、また孤独を勝ち取ることはできると思うが……。
「私が唯一見つけた魔法。否定君を喜ばせる魔法が私にある。そう思ったのに……どうして、私を傷つけて、悲しませてくれないの? 私の痛みを喜んで、幸せになってよ」
 そう、私は怖かったのだ。私から孤独を奪う存在が。
 だけど、その恐ろしい存在を心のどこかでは求めていた。私がどれだけ酷いことをしても、それを許すといい。とても大きな愛情の海で、私を包んでくれる存在を。
 そして、そんな大きく、強い心を持った人間など絶対に居ない、と勝手に思い込み、私は安心していたのだ。
 人の心は強くない。だから自分の弱い心をを守るために、戦い続けることは悪いことではない。自分が傷つかないように、徹底的に相手を傷つけることは許されること。それが私の理論の鎧。
 その分厚い理論の鎧は、彼女の前では意味をなさない。鎧は砂となり、大地に帰る。残された剣で、彼女を何度も奈落へ墜としても、這い上がり目の前に現れ、奈落への道筋を築く論理の剣の裁きを受け続ける。
 信じられない。そんな強い心を持った存在が現れることなど無い。そう祈り続ける。どうかもう、目の前に現れないで欲しい。その瞳に醜い私を映し出さないで欲しい。認めることができない自分の弱さをこれ以上映し出さないで。
 しかし、その認めることができない自分の中に、彼女のような絶対的強者の登場を待ち望んでいた自分がいる。そんな事実は絶対に認めたくない。
 だが、目の前にいる彼女はそれを見透かしているのか、大きく強い心と共に迷わず私に向かって歩いてくる。私の孤独を奪おうと、そう本当は奪って欲しい孤独を、その認めたくない事実を奪いにくる。
 私が待ち望んだ真の強者の鬼神の前では、これまで通用した偽りの帝王の力は全く通用しない。私を帝王と定める偽りの鎧と剣など、何の役にも立たない。私は帝王ではない。帝王であり続けたい。その定めの王の定王。そう偽りの帝王だ。
 理解できるだろうか? これまでは通用した偽りの武器が、全く通用しない存在が目の前に現れた時の恐怖感。この世界にそんな強者はいないと思い込み、そう信じてきた薄っぺらい信実をその強者は吹き飛ばす。その時、詐欺師は真実を手にする。偽りではない自分の心。恐怖心という醜い心を。
 この恐怖の列車が来る定刻、恐定の瞬間は詐欺師にしか伝わらないだろう。
 そんな偽りの帝王は、真の強者の前に自分の弱さと醜さを認め、素直に懇願する。
 私から孤独を奪わないで。私は孤独の帝王であり続けたい。いや、そうあり続けるべきなんだ。私は孤独じゃないとダメなんだ。私は誰かと何かを共感することは、許されていないんだ……。
 だからこれ以上、私が隠している、弱く小さな心を守るメッキを剥がさないで。
 そんな臆病者の私の願いは、彼女の魔法によって虚しくも封じられる。うっかり彼女の表情を見てしまった。彼女が私に自分を傷つけるように懇願するその表情を。
 その瞬間、これまで人を突き墜とし、感じる至福。それを揺さぶる。ざわめきがその正体を現す。
 あれは私の罪悪感だ。それを押し殺し、帝王として振舞い続けた。どれだけ罪悪感が制止しようとしても、その訴えを無視し、人を墜とし続けた。
 だけど、本当に墜としたかったのは、他人ではなく自分。小さく、弱く、醜い、愛せない自分を許せなかった。その自分を自分で突き墜とす勇気もない自分には嫌気がさす。
 そんな、みっともない自分に何ができるか? その問いに対する私の解釈の答えが、他人を突き墜とすことだ。
 それから私は、弱く傷つきやすい自分を守るため、精一杯戦い続け。戦いを続けるために罪悪感の訴えを封じた。その声を聞いたら、弱い私は戦えないからだ。
 私は悪くない。私は小さく弱いから、戦い続けないといけない。誰にも負けずに、最後まで玉座から見下せる存在であり続けないといけない。その虚栄心の定めが、私を定王として守り続けた。
 不敗神話を見せ続けた心の魔法。その虚栄心のメッキは、大きく強い、本物魔法使いのフィロソフィーが使う魔法によって剥がれ落ちる。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい。フィロソフィーは素敵だよ。本当にそうだよ! 君が傷つき、悲しむことでは、私は喜べないよ。でも、本当にごめんなさい。酷いことをしてしまって……ごめんなさい」
 そういった後、私は帝王の威厳などの捨て、彼女の前で泣き崩れる。そんな偽りの威厳など、強者の前では役に立たない。
 これまで人の墜ちていく姿を高いところから見下してきた私は、そこから醜い下界へ飛び降りる。
彼女はそれに驚くが、私よりもとても強い心を持つ彼女は、迷わず落下する私と共に墜ちる。
 泣き崩れている私と同じ視点へきて、心配そうに私を見る。彼女は強いから、それができるのだ。人と同じ痛みを感じる強さがあるから。
 私がこれまで罪悪感を無視し、続けた悪行の報いを清算する定めの
、その定刻という時空を私と共に共感しくれている。
 自分の弱さを隠すために他人を傷つけ、それを責める罪悪感の報復をある程度受けた後、私はフィロソフィーに謝る。
「本当にごめんなさい。私、あなたをわざと傷つけてしまって。孤独を奪われる気がして、怖かったんだ。フィロソフィーは悪くない。君は素晴らしいものを持っている。いつもの不思議な考えに、可愛らしい絵。本当に素敵だよ! 嘘ばかりついてたけど、これは嘘じゃないよ」
 そう言われた彼女は驚く。どんな状況でも、いつも素直に表現できる彼女が羨ましい。そして、その気持ちを上手く彼女に伝えられない自分が許せない。
「これまで偉そうにした人が、こんなにみっともなく泣くなんてね。本当に醜いよね」
「突然泣き崩れるので、心配しましたが、泣ける心がある否定君が、私好きです」
「弱い自分を守るために他人を傷つけて、そのことを責める罪悪感を隠すような臆病で、卑怯で、私は最低だよ」
「何かを守るために戦う否定君の姿が、私にはかっこよく見えましたよ。やりすぎはよくないかもしれませんが、その時は謝ればいいじゃないですか。私も一緒に謝りに行きますよ」
「こんな最低な自分を許せないよ。どうしてフィロソフィーはそういうことが言えるの?」
「なぜって……私、否定君が好きなんですよ。どうしようもないくらい。でも、ごめんなさい。大切な孤独を奪ってしまって……でも、やっぱり私、好きなんです。一緒に時空を共感したいんです!」
「どうして、そうやって自分の気持ちを素直に言えるの? 私も……」
「私も?」
「いや、ちょっと待って、今日は許して……自分の醜さと向き合って、余裕がないんだ。ただ、君への罪の清算がまだだね。相応しい報いはなんだろうか?」
「報いだなんて……私は大丈夫ですよ! あっ……」
 そういい何か考えこむ彼女。そして、嬉しそうに続ける。
「本当に罪の清算をしてくれるのなら、私に否定君の時空をください。つまり、友達になってください!」
 こんな卑怯で、臆病で、醜く最低な私と友達!? ダメ、ダメ! 自分でも自分が許せず、愛せない。そんな私が、誰かと時空を共感するなんて……そう心の中の声が訴えるが、明らかに違うことを訴える声が、今は聞こえる。
 そのどちらを表現するか、とても迷った。そして彼女の表情を見る。あの時と同じ瞳の輝きだ。オーブンの前でお菓子の焼き上がりを待つ子供の瞳。そう、この世界よりも美しい輝きの瞳。
 前回はここで、彼女の瞳を曇らせた。そのことに対して、私はとても罪悪感があった。その罪を清算するとしたら、私が彼女のお菓子になるのが報いだろう。
「……よろしくね。フィロソフィー」
 その答えに、彼女は喜んでくれた。私は少しは綺麗に焼き上がったお菓子になれたのだろうか?
 これまでたくさん彼女を傷つけてしまった。だから、彼女の幸せになれるのならなりたい。孤独を捨て、友達として同じ時空を共感することが彼女の幸せなら、これまで大切にしてきた孤独なんて喜んで手放し、彼女が幸せになれるお菓子になりたい。
 私にとってフィロソフィーは、私が愛したい人。
 自分を許し、愛すことはまだ難しいが、彼女なら私から孤独を奪うことも許せるし、そのことも愛したい。
 やはり、魔法はあるようだ。明らかに彼女が私に魔法をかけた。
 その魔法は成長し、やがて私を変えるだろう。
 醜く、許せない自分もそれを彼女が許すのなら、私も彼女の許す自分を許したい。全く愛せない自分を彼女が愛すのなら、私も彼女が愛す自分を愛そう。素直になれない自分を彼女が素直に受けて入れてくれるなら、私も彼女のように自分を素直に受け入れよう。
 フィロソフィーは私にとって偉大な魔法使いだ。杖も使わず、私を変えたのだから。
「では、今日から友達ですね! 私、嬉しいです!」
「フィロソフィーの嬉しそうな表情が見れて、私も嬉しいよ」
「私達、今嬉しいという瞬間を共感していますね!」
「そうだね。何かを共感するっていいね」
「これからもいろんな時空を共感しましょう!」
 彼女は私の手を掴み、約束を掲げる。この約束は私の不敗神話と同じくらい破られることはないだろう。
 事実、まだ私は負けてない。虚栄心をあの闘技場に置いて、彼女と新しい世界へ出かけたのだ。だから戦いは終わっていない。
 今でも戦えば、理論の鎧と論理の剣で不敗の定王として戦える。だけど、今はそんな虚栄心より彼女との約束を守ることを精一杯向き合いたい。そんな勇気を彼女からもらった。
「それと私のことは、ソフィーと呼んでください。フィロソフィーでは長いですから」
「わかったよ、ソフィー」
 そう答え、私達は他愛ない話をする。彼女が4月2日生まれの牡羊座であること、彼女の素敵なお姉さんのこと。
 日々の当たり前のことを彼女と話す。その当たり前は、不思議と自分一人で孤独に過ごした当たり前よりも楽しく、素敵なものだった。  
 そんな当たり前の日々を大切に、これからもソフィーと一緒に過ごしていこうと考えている。
 その第一歩として、彼女と彼女の星座、牡羊座を観に行く予定だ。12星座の始まりの星座で、挑戦、先駆け、始まりや誕生が象徴の素敵な星座。
 12星座を制覇したら、数えきれないくらいの思い出の星星を集める旅に出かけるつもりだ。

 もし、今、孤独の帝王として君臨している同じ仲間がいるのなら、無理してその玉座の間から抜け出そうとしなくても大丈夫。
 孤独な自分を惨めに思ったり、虚しく思う必要もない。
 それは勝利者にだけ許された最高の時間。正直に言うと、時々そんな日々に戻りたい自分もいる。
 自分の酷かった過去の時代。それと同時にやはり最高の時代。そう素直に、自分の過去を受け止められる自分が今はいる。
 その新しい自分を見つけてくれた愛しい人。その人は、全く太刀打ちできないくらい大きく、強い愛を持つ。きっと、そういう人があなたの前に現れるでしょう。
 どんなに奈落に突き落しても、何度も這い上がり、あなたに立ち向かう。その者の姿にあなたは、どうすることもできない恐怖を感じ、これまでの全てを受け入れるでしょう。
 その時、あなたは自分の中に、本物の勇気を見るはずです。目の前に現れた真の恐怖と向き合い、その強者の瞳を覗く時、その瞳に映し出される影。それは、深淵に眠る勇気を起こし、認めたくない事実を受け止めるあなたの姿。強者はあなたに恐怖と向き合う勇気を教えにくるのです。
 その大きく強い心を持った人物は、既にあなたの中にいるではないでしょうか?
 あなたを孤独の帝王という定めから開放する、あなたの中の強き者の幻は、いつかあなたの前に現れます。
 その瞬間が来て、あなたが定の王から開放され、新しい自分と共に自由な旅人になれる日が来ることを同じ仲間として願っています。






それでは、また次の機会にお会いしましょう。

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砂漠でアマゾンを探している

 多くの人は砂漠でオアシスを探している。  平和ってオアシスを信じて、求めて彷徨う。   隣にアマゾンがあっても、砂漠の中で探す。  今、本当に欲しいもの、ITを忘れかけながら。  砂漠のオアシスなのか、豊かな水源があるアマゾンなのか。