2019年10月30日水曜日

真っ直ぐ歩けない


 人は目印のない場所では、真っ直ぐ歩けない。
 自然と利き側の方へ曲がり、円を描いてしまうから。
 もし、そうであるのなら、一直線の真っ直ぐの方が幻想なのかもしれません。





 
テツガクちゃん
 肯定さん、人は真っ直ぐ歩けないらしいですよ!
 映画『フライト・オブ・フェニックス』である人物が。
 
 目印も何もない砂漠の中では、人は真っ直ぐ歩けない。
 いくら、真っ直ぐ歩いたつもりでも、円を描いてしまう。

 と説明していました。
 人は無意識に、『メビウスの輪』を描いてしまうようですね。


肯定
 そうかもしれないね。


 自分では真っ直ぐ進もうとしている。

 だけど、目印がない場所では、力が強い利き腕や利き足の方向にずれてしまうのかもしれない。

 その歩みが描く、円。

 それが『メビウスの輪』か……。
 面白いね。


テツガクちゃん
 面白いですね!
 無意識に円を描いてしまうなんて!

 ですが、視点を変えて考えると、それはこの世界にも言えますよね。


 現実だと思って進んでいる(真っ直ぐ歩いている)つもりでも、本当は幻の中(円を描いている)に生きている。
 
 『メビウスの輪』は、どちらが表か裏か分からなくなる輪です。
 幻や夢だと思っていたものが表で、実は現実だと思っていたものが幻想の裏だったり。

 
肯定
 僕もそういう可能性の景色が見えているよ。


 表や裏という概念すら『存在と同時に存在しない』。
 名もなかった『メビウスの輪』。
 それに似た中間色の世界に生きているのかも。
 
 表か裏か、そのどちらを見るのかは視点次第。
 全ては自分の視点が決める。

 自分が決めるまでは、表も裏もなかった、名無しさん。

 本人が真っ直ぐ歩いている、と思うのなら。

 例え、足跡が『メビウスの輪』を描いても。
 それは、真っ直ぐなんだろうね。

 その円を描く動きが、真っ直ぐ動くということに変わる。


テツガクちゃん
 そうですね。
 真っ直ぐ歩いているつもりが、深淵の湖にドボンかもしれない。
 だけど、その歩みが自分にとっての真っ直ぐなら、行き先は変わりませんね。

 目的を定め、そこを目指して進むのも真っ直ぐですし、何も見ずに歩き『メビウスの輪』を描きながら進むのも真っ直ぐです。


 ただ、一直線に進む。

 そんな真っ直ぐという概念の方が、幻なのかもしれません。
 
 きっと、真っ直ぐにも、いろんな真っ直ぐがあるんですよ。
 あなたが描く真っ直ぐな軌道は、どんな物語を描きますか?






 

それでは、また次の機会にお会いしましょう。




0 件のコメント:

コメントを投稿

砂漠でアマゾンを探している

 多くの人は砂漠でオアシスを探している。  平和ってオアシスを信じて、求めて彷徨う。   隣にアマゾンがあっても、砂漠の中で探す。  今、本当に欲しいもの、ITを忘れかけながら。  砂漠のオアシスなのか、豊かな水源があるアマゾンなのか。