善と悪、右と左、わかりやすい選択肢。
それでは何も決められないか?
当ててやろうか?
決断する勇気がない、そういう気がするんだろう?
だったら、これでどうだ、帰り道を歩け。
肯定
目覚めた時。
善と悪に夢中になる。
しばらくすると――。
中学2年生がこう言う。
二元論なんて単純なものじゃ。
この世界は進めないんだよ。
そうやって立場を決めずに。
フラフラと彷徨っていく。
だけど、ある程度すると気づく。
そんな複雑じゃない。
テツガクちゃん
複雑ではありません。
もっと単純かつシンプル。
だからこそ、見落としてしまう。
二元論すら複雑過ぎたかもしれません。
全ては――。
肯定
I am……。
私は在る。
たった、これだけの事。
最初に夢中になったかもしれない。
善と悪というわかりやすい道しるべ。
もし、それに違和感がある。
そんな二元論では幼稚過ぎる。
その中学2年生の背伸びした視点。
それは小学生が戦隊ヒーローをダサい。
そう語る動機と何も変わらない。
そのまま、年だけ重ねて延々と先延ばし。
きっと、認め難いかもしれないけど。
だけど、認めたら気づく。
決断を恐れて複雑にしてきただけだって。
決めるのを怖がり、複雑さに逃げ込んだ。
そう恐怖に気づくと。
もう選択肢すらいらない。
善と悪、右と左、上下では決められないのなら。
帰り道を歩け。
テツガクちゃん
足が帰り道を覚えていて、手が欲しいものを掴んでいた。
飢えが全てを覚えている。
お腹をすかせた、ITが。
誰に逢いたいか、その答えへ導いてくれる。
善と悪では決められなくても。
誰に逢いたくて、誰の隣にいたいか。
それなら迷わず決められるでしょう。
そうやって、人は始まったようです。
I am a bunny.
私はウサギである。
私に自分の心臓を預けた。
吸血鬼のホームズさんを起こす途中。
それが善か悪かなんてどうだっていい事です。
ただ、一緒に帰り道を歩く。
もちろん、隣を歩く。
これなら決められるはずです。

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